死の病原体プリオンを読む

死の病原体プリオン

死の病原体プリオン

狂牛病の原因物質と考えられている異常プリオン蛋白質。この蛋白質が異常に蓄積された牛は脳がスポンジ状に変質する、牛スポンジ状脳症(BSE)を発症するという。症状は痙攣、震え、麻痺、など運動能力が著しく低下し、食することが困難となり臓器不全等でほぼ間違いなく死に至るという。

これまではプリオン蛋白質が原因だと思っていたが、これがまだ仮説の域を超えていないことは衝撃だった。たしかに蛋白質は元をたどればアミノ酸から構成されていて、そのアミノ酸の構成自体は遺伝子によって決定付けられていることを考えると異常プリオン蛋白質がどういった経緯で蓄積されていくのか、やはりウィルスが病原体である可能性は大いにあると思った(ただしウィルス発症に特有な免疫反応が全くでないということは最大の謎。考えられるのはヒトの免疫システムに感知されない構造を持っているということだが、そんなことが可能なのかが問題。)。そもそも、なぜこの蛋白質が蓄積することでスポンジ状脳炎を発病するのか、その詳細なメカニズムは未だに謎のままだそうだ。
ということはもしかしたら、プリオン自体は病原体が感染した際の副産物でしかないのかもしれない。命名者であり1997年ノーベル生理医学賞受賞者のスタンリー・プルシナープリオン単独説を強行に主張しているそうだが、他の科学者が今ひとつ信用していないことには共感できる。(後半の主役プルシナーのノーベル賞に対する執拗なまでの執念には若干感動を覚えた。同業者にはいて欲しくないが。)

カールトン・ガイデュシェック(感染性スポンジ症脳症の先駆的研究で1976年ノーベル生理医学賞受賞)の蛋白質結晶化説はありゆる話かもしれない。まるで水蒸気が空気中の埃を核として雨粒に成長するがごとく、脳の中のあるキッカケ(それは体内の無機物かもしれない。アルツハイマー症はアルミニウムを核として成長すると言われたことから、アルミニウムに注意することが一時流行ったが、これは科学的な根拠はない。)が成核剤の役目を果たし異常プリオン(か全く別の)蛋白質がそれを核に正常な蛋白質を結晶化されて、それが脳内のグリア細胞(マイクログリア)によって排除された跡がスポンジ状になって残ったというのは興味深い。これだと誰もが発病し得るとなって怖い気もするが。

クールーと呼ばれるパプアニューギニアの奥地に潜む食人民族が発病した感染性脳症、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、スクレイピーそしてBSEは同じ病原体を持っているかもしれないが、症状が異なっておりそれぞれが亜種かも知れない。どれも脳髄や骨髄、神経組織を食することで感染する点、プリオン蛋白質の異常化が見られる点、脳組織がスポンジ状に変質する点、潜伏期間が比較的長い点、異種間にも感染可能な点が共通しているという。

BSEが人にも感染して大騒ぎになったのは周知のことだったが、昔から感染の可能性が指摘されていたとは知らなかった。イギリス政府が科学者の警告を半ば無視した形でBSEを放置したため、輸入禁止措置や全頭処分を行う羽目になってしまったのはなんという皮肉。でもBSE感染が公になった後でも検査もろくにせずに輸出や販売を行っていたというのはさすがというべきか(BSEとの因果関係がはっきりしていないのも事実。ただ若年性新型CJDが明らかに増加したこと、BSE感染の牛が増加しその時期は牛の飼料に動物性蛋白質を使い出した時期と近いことから関連性は高い。)。アメリカはその点は抑えていて早い段階から監視していたという。日本の農水省ではどの段階から気づいていたか若干興味がある。

潜伏期間が長い(10年近く)が、新型CJD発症者はあまり増加していないようなので抑えられているということなのだろうか。遺伝子操作技術や蛋白質の構造解析が進んだ現代においても発病のメカニズムすら解明されていないというのは、生物システムの奥深さを改めて痛感した。