The 2008 Nobel Prize in Physics

The Nobel Prize in Physics 2008 - NobelPrize.org
今年のノーベル物理学賞が発表された。驚くことに日本人3人の受賞となった。しかも素粒子物理学。一人は南部陽一郎氏(シカゴ大名誉教授)、共同受賞として小林誠氏(高エネルギー加速器研究機構ダイアモンドフェロー)、益川敏英氏(京大名誉教授)という顔ぶれ。共に名誉教授ということで、第一戦から離れて久しい人たち(ここにも高齢化の波か・・・)。
南部氏は素粒子物理の理論屋としては世界的に第一級だった人で、10年以上前に受賞されていてもおかしくなかった(少なくとも99年のG.t'HooftとM. J.G. Veltmanよりかは先だったはず)ぐらいの有名人。いわゆる自発的対称性の破れ素粒子物理に応用してヒッグス機構の基礎的部分を成す考え方を提唱したことで最も有名(つまるところこの世は超伝導状態という考え方。超伝導状態では電子対が主役でヒッグス機構の場合は未知のスカラー粒子)。素粒子で言う真空というのは何もない空の状態ではなくて、不確定性原理によって粒子反粒子が現れたり消えたりしている、つまり絶えず”ゆらぎ”が存在しているんだけど、その”ゆらぎ”の幅が最小エネルギー状態(基底状態)を超えないほど小さいとき(量子的)真空状態という。現在の我々の世界はこの基底状態にいると考えられていて、対称性は自発的に破れた状態にいる。つまり、超伝導状態にいて真空がある方向に傾いている状態(例えば臨界温度以下の磁性体に磁場をかけたあとその磁場を消しても磁性体自体が磁場を持っている状態。この例では原子のスピン方向が一方向に揃っている状態が基底状態となる。超伝導体の場合、臨界温度以下まで冷やしていくと背景の金属イオンと電子との相互作用との微小な”ゆらぎ”によって平衡状態からの微笑振動による方向性の傾きが現れるためクーロン力に逆らって電子対が生じる)となっていると考える。こう考えると、QCD真空におけるカイラル対称性の自発的破れからパイ中間子が質量ゼロになるとか、弱い相互作用を媒介するゲージボゾン(W,Z)が質量を持ちうるとか綺麗に説明できてしまう。ただ、現実世界はパイ中間子の質量はゼロではないので、カイラル対称性クォークが質量を持つことで破れてしまっているんだけど、このことからパイ中間子クォーク質量が密接に関わっていることも分かり、その両者の関係式も導き出せてしまう。逆にこの関係式からクォーク質量が導けてしまうのだ。だた、この場合QCDを厳密に解くことが求められるが。格子QCDの手法は数値的近似であるが、かなり厳密に扱うことが出来て、実際QCD真空のカイラル対称性の自発的破れを示す証拠を多数上げている。

小林・益川両氏は弱い相互作用におけるCPの破れについての理論的研究からクォークの3世代目(ボトム・トップ)を予想した理論家。素粒子のなかでもクォークレプトンと呼ばれるフェルミオンはその量子数から分類できて、クォークの場合、第一世代(アップ・ダウン)第二世代(チャーム・ストレンジ)第三世代(トップ・ボトム)と分かれる。で、彼らの研究以前は2世代で尽きていると思われていたんだけど(素粒子が"素"であるためにはこれ以上増えては美しくないという願望があったはず)、弱い相互作用におけるCPの破れ(粒子反粒子を交換する対称性。この世に反粒子の世界が存在していないのはCPが破れているからだと考えられるんだけど、弱い相互作用だけでは説明できない素粒子分野の最大の謎となっている)を理論に取り込めるようとしたときに位相の自由度がないとうまく実験(中性K中間子の崩壊の違い。専門用語ではεパラメータの存在)を説明できないが、この位相の自由度があるとどうしても3世代目(トップ・ボトム)が必要とされてしまうというモデルを提唱して、実際に3世代目があったのでモデルがうまく自然を説明できたため非常に有名な理論となった。、

南部氏と小林・益川両氏の研究や受賞理由は、見てもわかるように共通点は全くないといっていい(勿論遠くのほうでは繋がっているが)。ではなぜにこの時期に彼らが選ばれたのか。思うに、LHCが稼動して世界的に標準模型の最終検証並びにそれを超えた物理探査について注目を浴びている時期に受賞させておかないと、これから先タイミングを逸してしまうと考えたというのが1つあると思う。ここ5年の間は素粒子物理学の分野ではノーベル賞は出ていないし、南部氏は高齢だし、BellやBarBarの実験の成果でCKM行列の位相パラメータはゼロではないことが十分に明らかにされたし、と最早十分すぎる結果が出揃っているこのときに受賞させてようやく喉に詰まった骨を抜くことが出来たわけだ。

ただ、自発的対称性の破れにしろ小林益川理論にしろ本質的な点は以前不透明ままといっていい。ヒッグス機構にしたってヒッグスっぽいスカラー粒子が見つかったとしても、それが真空の自発的対称性の破れに伴った南部・ゴールドストーンボゾンなのか、別の未知の機構なのか分からないと思うし、小林益川理論にしたってなぜに位相の自由度が入りうるのか、弱い相互作用だけにCPの破れが現れているのはなぜか、などその背後の物理は未だ理解されているとはいえない。質量の起源が、発見されうるヒッグス粒子で完全に説明できるかは定かでもない(ヒッグスとフェルミオンの湯川結合によって標準模型では説明されるが、湯川結合自身存在しているか明らかではない)。彼らの業績は、その謎を解明する手がかりを与えてくれた点が評価されたのだと思う。現在実験で測られる高エネルギー物理はLHCが最高峰で、しかしそれは非常に複雑な過程を経ることになるので様々な系統誤差を含むことになると思う。ということは、理論は一応納得のいく説明を提唱しているが、実験はそれらを選別するまで追いつくのは数年先(もしくは未来永劫できないかも)だろう。したがって恐らく素粒子物理の分野でノーベル賞を受賞されるのは10年以上、下手をしたらもうないかもしれない。そんな憶測もあって最後だからということであげたのかも知れない。