The primordial power spectrum revisited


Physics - Viewpoint: The primordial power spectrum revisited
インフレーションモデルにおいて重要なファクターとなっている『原始スペクトラム』に関する新しい考察。現在の宇宙論の主流はおもに宇宙背景放射(CMB)の解析して、さまざまな亜種が存在するインフレーションモデルを使っていかに再現させるかということに議論が集中されている。このモデルが注目されている根拠の一つに、COBEやWMAPの観測結果で分かった原始スペクトラムを矛盾なく説明できてしまうとの期待がある。
その原始スペクトラムというのは簡単に言えば物質密度の不均等性を表す指標みたいなもので、定義としては

と表される。ρ(x)は位置xにおける物質密度を表す関数、 はその平均を指す。その比の1からのずれをフーリエ変換して得たモード(波数)kの関数δ(k)の絶対値2乗を原始スペクトラムと呼んでいる(厳密にはその2点相関関数の真空期待値から

として定義されるP(k))。この関数はビックバン直後の温度ゆらぎと関係していて、観測結果はどうも宇宙初期からはスケール不変であったことを示唆しており、つまりビックバン直後から原始スペクトラムは変化していないということを意味している。しかもこの値自体は非常に小さい(〜0.00001)ことから初期宇宙状態は均等・均一であったらしい。しかし、素朴な疑問として、我々の住む宇宙の物質は明らかに均等ではないし、宇宙初期は物質密度がとてつもなく大きく重力効果が非常に強く働いていたはずなので、物質の均質性が保たれたままであるはずがないように思われる。それを解決できると目されているのがインフレーションモデルというやつで、我々の銀河を構成したらしめたのは量子ゆらぎの発展であって、ビックバン直後から物質密度が均一なのはそれ以前の時空が急激な膨張(1秒間に10の39乗倍)によるためだと説明する。このインフレーションを引き起こす鍵となるのが、臨界温度(Gibbons-Hawking温度)以下によって引き起こされる自発的対称性の破れで、ここで登場する主役はインフラトンと呼ばれる仮想的量子場のゆらぎ。実は原始スペクトラムはこのインフラトンの相関関数として理解されていて、スケール不変であることは相関長が無限大に伸びていることに対応する。

しかし、これまでのインフレーションモデルで考えられた相関関数の計算結果では非常に小さい原始スペクトラムを説明することが困難であったが、この論文では実は2種類の真空状態を導入することでこの問題を軽減することが可能となると提案している。彼らは、無限に広がったド・ジッター時空*1上で定義されている真空のほかに、インフレーション時にだけ存在していた真空があればうまく観測結果を説明できるかもと主張している。ただ、その真空は観測結果とあうように人工的に手で入れただけで物理的考察から決められてはいないし、ましてやビックバン直後からどこに消滅してしまうかの明確な説明はない。つまりは都合よく導入しただけの代物であるわけ。ビックバン以前なんて重力場が他の力(電磁力・核力)よりも非常に強くなった量子的時空上だし、これまで知られている物理法則なんて役に立たないんだから2つの真空状態があってもいいじゃん、というノリで投稿したら運よく採択されちゃいました、チャンチャンって感じ。まあ査読するのも同じような経験の人たちだからねえ。

*1:現在の我々の宇宙が向かっている時空。宇宙定数が正のアインシュタイン方程式の解であり、ダークエネルギーが大半を占めているため平坦かつ永遠に広がり続ける。WMAPの観測結果はそのように伝えている